♪Illustrator-meiste Yukio Miyamoto♪
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YukioMiyamoto

Author:YukioMiyamoto
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英国「WE ADMIRE」、「SaatchiStore」関連博物館にて Yukio Minamoto ブランドのTシャツを販売。Adobe Illustratorのアートサンプルにも使用され、関連書籍は、国内は勿論、韓国版も出版。欧米で「The Illustrator Wow! Book (Wow!)」を筆頭に多くの作品が紹介されています。映像、音楽では数々の受賞歴有り。

実は読者様へのサービスでしたが、このように米国ebayに於いてIllustratorデータを勝手に商用に使用されている事が判りました。以上のような理由からデータは終了しております。

Exhibition room is here.
展示室は、こちらです。


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Yukio_MiyamotoブランドのTシャツは、こちらでお買い求め頂けます。

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Kevin Hulsey
Kevin Hulsey氏も、サンプルとして私の作品を使用しています。

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Tatiana Vitkus

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アメリカの著名なアーティスト
The Adobe Illustrator Wow! Book
(Wow!)の著者さんです。
SHARON STEUERさんのページです。


With over 50 years in the business, Rex is famous for its range and depth of images – be it personalities, news and features, travel, business, animal, humour, lifestyle, fashion, music, historical or stock images.



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Minolta α7000 α9000 スチルビデオバック SB-70 黒い木馬
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1985年、ミノルタが世界に先駆けて初の実用オートフォーカス機能を搭載したシステム一眼レフカメラが「α-7000」だったのです。それ以前にもオートフォーカス機能の一眼レフカメラは存在していましたが、一般消費者向けのAF一眼レフカメラとして完成されたシステムは、このマシンが名実共に世界初と言えるでしょう!そしてカメラグランプリ'85、インターカメラ国際賞、ヨーロピアン・カメラ・オブ・ザ・イヤー'85 など、数え切れないほどの賞を受賞!αショックという言葉が生まれたほどの一眼レフカメラの流れを変えた記念碑的モデルなのだが...

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今年(2013年)で28年もの歳月が経過し素材の経年劣化が目立ってきています。せっかく生き延びた個体でも外観的な崩壊ならまだしも電子制御部品に問題を抱えると致命的。何故ならα-7000は完全電子制御カメラ故にカメラとしての機能を完全に失ってしまうのです。皮肉なことに当時最先端、新素材を纏ったカメラではありますが30年という経年劣化は考慮に入れられてなかったと言うことでしょうか...

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それほどまでに知名度もあり歴史的なカメラでありながら中古市場としては成立しない悲しい背景があります。なにせDATA BACK 70 の日付自体が2009年までしか設定されていなかったのです!もしα-7000 を入手したのに故障があったら、このブログを参考に復活を試みては如何でしょう?貴方の持っている個体が全てです。もう二度と生産はされないマシンです。カメラ史に残る Minolta α7000なのですから...



当時、最先端のマシン、そして新素材を纏ったα7000ですが、それ故、経年劣化という大きな壁が立ちはだかり現在では機能する個体が次第に減ってきています。そこで動画として簡単では有りますが記録しておくことにしました。機能的に全て問題無いとは言いませんが、こんな感じで動いていたという姿だけでも残しておきます。室内でも連写可能にするために機能チェックも含め、ISOを6400にチェンジ!そして奇跡は更に続きます...

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アナログ・フィルム専用カメラ Minolta α7000ですが、このカメラやはり普通じゃないんです。完全電子制御カメラであるが故に実現できた機能が、その証し!実は、世界で初めて発売された電子スチルカメラは1986年に報道用のCANON RC-701 があります。この電子スチルカメラは今のデジタルカメラとは違い、電気信号をアナログ記録(FM記録)する方式。記録用のメディアは、2インチのフロッピーディスクを使っています。1枚のフロッピーに50枚の静止画が記録できます。ソニーの「マビカ」は、1981年発表ですが、あくまで試作品。製品として投入されたのは「RC-701」が世界初なのです。

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そんな時代にあって、この Minolta α7000は、「RC-701」より遅れること1年。1987年に既に電子スチルビデオカメラにもなるというアクセサリーを開発、販売していたのでした。これは当時としては画期的な事です。なにせAF一眼レフカメラとして完成の域に達していたマシンを198,000円という価格でフラグシップな電子スチルビデオカメラに変身させられたのです。なにせ、この完成されたカメラ本体が母体ですから当時のプロ用カメラにも勝るシステムを構築できたのです!

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その後、現れる1988年のCANON Digital Still Video Camera Q-PIC(きゅーぴっく)も、そして同年販売されたSONY Still Video Camera MVC-C1 Mavica もレンズ、カメラ一体型タイプだった事を考えれば、 Minolta α7000+SB-70が電子スチルカメラに於いてもフラグシップマシンだったかが理解できます。完成されたアナログ一眼レフ・カメラを流用したプロフェッショナル用デジタルカメラとして、日本未発売ではありますが、1991年5月発売された世界初のデジタル一眼レフカメラ「DCS100」があります。この話は、後ほど別の機会に...

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さて、まだデジタルカメラなど存在しない時代にアナログとデジタルの架け橋になるような周辺機器を Minoltaは、開発・販売していたという事実を忘れてはなりません!今日のデジカメのように自己完結、撮影から現像まで扱えるような代物ではありません。データは2インチビデオフロッピーディスクに収録されますが再生は別に再生機器が必要だったんです。1988年発売の Canon Sony FLOPPY CAMERAも、それは同様でした。しかも再生する為のアクセサリーが、また別売って事も...

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当時は、まだコンピュータとの接続も、ままならない時代。やっとCanon「FV-540」 のようなドライブが価格は35万円で販売されていたのですから...しかも接続は、SCSI (Small Computer System Interface)太くて終端には抵抗器「Terminator」が必要になるという代物^^;そんな時代のハイエンド・電子スチルカメラに変身させるスチルビデオバックSB-70通称「黒い木馬」その使用している動画となると皆無ではないでしょうか?

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この時代にα-7000, α-9000、両モデルの裏ぶたを「スチルビデオバックSB-70/-90」に交換するだけでスチルビデオカメラに変身!1台で2役、世界で一番売れたAF一眼カメラで銀塩、電子2つのメディアをカバーできたのですから画期的。そんなMINOLTA スチルビデオバック SB-70の動画は、YouTubeにもありませんでしたのでアップしました。これも奇跡的な完動品です。

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そして決して忘れてはいけない事。それは「ミノルタ・ハネウェル特許訴訟」時代背景もあるので現在とは判断が異なる事もあるやも知れないが…日本は馬鹿正直過ぎたのと違うか?何故なら、αシリーズがアメリカ市場を席巻した結果、ハネウェル社は特許訴訟に及んでいる!完全に賠償金狙いの確信犯だっ!なんとぼろい商売だぁ!これがアメリカのやり方。確かに発想という観点から見れば未だに日本は猿真似にちょっと毛の生えた程度の枝葉技術で戦っている場合が多いが、これは日本の教育指針も関係している。未だに暗記至上主義で発想という芽を摘んでいるような教育だから...

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「アメリカの場合は新技術の一部であっても既存の基本特許があればその侵害を問う。」というのが背景にあるらしいが、それは対、国外に対しては拡大解釈し過ぎではないのか?当時、アメリカカメラ技術はハッキリ言って落ち目。ならばアメリカ市場から完全撤退という手もあっただろうに…要は需要と供給。そんな製品すら開発、販売出来ないようなアメリカ国内産業など一切無視し相手にしなくても良かったはずだった。アメリカ国内のカメラ愛好家は、それで納得できたのか?市場にて答えを出せば良かったのだ!元々全てに於いて自国が一番だと教え込まれている国民だ!厳しい現実を知るべきだったのだ!当時、自国産業の衰退が、どれだけ酷かったのか!そして優秀な日本製品が撤退したら...市場にて思い知らせば良かったのだ!そういった手法を巧みに使えば結果は異なったと思っています。

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アメリカの訴訟社会の厳しさというなら、アメリカ国内に於いても、有害廃棄物で汚染された土地と最も多く関係している企業がハネウェル、第二次世界大戦から軍需産業に参入しベトナム戦争時にはクラスター爆弾、ミサイル誘導システム、ナパーム弾など様々な兵器製造をしていた企業だ!しかも核兵器製造に関わる企業のコンソーシアムに参加、軍事兵器産業の影で暗躍している、きな臭い企業。現在の職種は、航空宇宙産業と、アメリカの体制側企業の代表格と言っても良い。ブラック企業なのに国内での訴訟問題が少ないのでは?国が守っているような企業。そんな企業が起こした賠償金目当ての特許訴訟だけあって日本企業はひとたまりもない巨額の賠償金支払いという大打撃を被ることになった。

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何故ならアメリカ国内での企業同士では、どんな事が起きていたか?コンピュータ界でも、この会社は黎明期に訴訟を起こしていましたが...我々に身近な所では、まずゼロックス・パーコとアップルの関係。アルトとリサの関係では、そこまで辛辣な争いが起きていたのか?そしてマイクロソフトとのOS絡みや、個々のソフト関連のGUI絡み。精々look and feel程度でお茶を濁した程度。時は変わり、最近ではスマートフォン関連の特許では米アップルと韓国サムスン電子が激しい法廷闘争を繰り広げているが少なくとも韓国サムスン電子は日本企業より強気で戦っている!やはり日本は敗戦国としての植民地的な扱いだったのか?今でもそうだが...国を挙げて国内技術を守れないってのも情けない。国益とは?日本の政治家は、もっと真剣に考えるべきだと思います。

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最近のオー トフォーカス関係の特許係争
最近 のオ ー トフ ォーカス関係 の特 許係 争(2)

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良い悪いは別にして、中国のやり方も面の皮が厚いというか強引ではあるものの、アメリカも得意な特許訴訟すら、やりにくそうだ。そこなんだよなぁ〜日本の弱い所。所詮敗戦国扱いが尾を引いている。同じアジア圏でありながら日本は、殆どアメリカの言いなり。しかも同じアジア圏の国からも特許侵害を当然のように受けている。どうなってんの?と言いたい。日本の技術々と、お題目のように言うが、天から降ってくるわけじゃない!もう少し自国の国益に関して長期に渡る戦略を持って取り組んで欲しい。これまでは目先の金目当ての売国奴が多すぎた!ようするに幼稚な舵取りの結果、今の衰退した日本の現状があるわけですが...

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ミノルタの件を、他山の石とし、自社の特許を逆手に相手に斬りかかる手法を学んで行くわけですが、その為の代償が大きすぎました。どこか日本は敗戦国という烙印を押された弱さが常に有ったようです。なんたって敗戦は決まっていたような時期に原爆を2カ所も落とされているんですから...従軍慰安婦問題なんて程度ではありません。それでいながら未だに思いやり予算を捻出しているし、中国にだって援助をしている。馬鹿ですかね...現状に沿った見直しが必要な時代なのではないでしょうか?日本国民は食い物にされている現状を、なんとかしないと!それこそ愚民扱いになります。

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テーマ:★カメラ&レンズ・機材 - ジャンル:写真


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